アナウンサー物語(自伝)
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いよいよ、泣いても笑っても、アナウンサー試験である。
(ここまで長かったなあ。。。)

特にテレビ局のアナウンサーの採用試験というのは、他の業種に比べ、格段に早い時期に行われる。
今はさらに早くなり、キー局のアナウンサー試験は、大学3年の9月ごろに行われるらしい。
(いくらなんでも早すぎるとは思うが・・・)
私の受験のときは、就職協定が残っていた最後の年であった。
だから、これから受験するみなさんには、日程に関してはまるで参考にならないと思う。
例年、アナウンサー試験はチャンネル順に行われると言われてきた。
つまり、4、6、8、10、12の順。
日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京の順である。
NHKは就職協定を守らねばならず、そうは言っても早くやりたいということで、5月くらいにあった気がする。

1月中旬に、日本テレビの書類の締め切りがあり、いよいよアナウンサー試験がスタートした。

だが、キー局は、全敗であった。。。

日本テレビ、書類通過、一次面接で敗退。
TBS、一次面接で敗退。
フジテレビ、書類落ち。
テレビ朝日、一次面接で敗退。
テレビ東京、一次面接で敗退。


どうであろう?
我究館に通い、アナウンサー勉強会に通ったものの、まるで話にならなかった。
自分はまだまだ妖怪人間。
合格するとは思っていなかったが、いい線まで行って欲しいなあ・・・くらいの期待はあった。
だが、やはり甘くはなかった。
しかし、気を落としている暇はない。

すぐに、準キー局(大阪)の試験が始まった。
MBS、一次面接敗退。
関西テレビ、筆記試験通過、一次面接敗退。
読売テレビ、二次面接敗退。

そのかわり、テレビの制作でどうだ?と声をかけていただき、最終面接までいったのだが、結局内定せず。(惜しい!)

続いて名古屋である。
CBC、一次面接敗退。
中京テレビ、東海テレビ、名古屋テレビ、テレビ愛知は男性アナの募集なし。
(名古屋生まれのドラゴンズファンなのに・・・)

続いて、福岡。

RKB毎日、一次敗退。
TXN九州、一次敗退。

福岡放送、募集なし。

続いて、仙台。
TBC東北放送、一次落ち。
他は募集がなかった。

どうであろう???
散々な結果である。
自分なりに、効率よく、できるかぎりのことはやってきたつもりだった。
徹夜で週に2回我究をした。アナウンサー勉強会にも通った。
神宮球場で野球実況の練習もやった。
競馬実況の練習もやった。
だが、まるでお話にならなかった。

やはり俺は妖怪人間。アナウンサーには向いていない。
そんなことは初めからわかっていた。
自分は、人間になれないのだろうか?
ベム、ベラ、ベロのままなのだろうか?
そんな不安がよぎる・・・

だが、そんな自分に、人生を左右するほどの衝撃的な出会いが訪れるのであった!
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