アナウンサー物語(自伝)
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-- | 大学3年(後編) |

まずは、我究館について説明しよう。

我究館とは、元シャインズの杉村太郎氏の主宰する、ライフプランニングセミナーのような場所である。
(杉村太郎氏。おもな著作に絶対内定就職勝利学がある。)
表参道に所在し、第一希望の就職内定率は、限りなく100%という、まさに恐ろしい就職セミナーである。
一般的には、就職の予備校のように考えられてはいるが、実際には自分の人生の未来予想図を描く場所というのが極めて近いかもしれない。
就職は、あくまで、人生の選択肢の一つ。
だから、我究館イコール就職予備校という考えは、厳密に言うと、間違いなのである。

また、一クラス12人で構成され、ひとつきにつき、4クラスくらいある。
(12月A,B,C,Dなど)

もちろん、全員がマスコミ志望というわけではない。
商社、広告、デパート、エンジニアなど、皆それぞれの志望があり、
(いや、なにがやりたいのかを発見したいという人も多いが。)
クラス単位で徹夜でディスカッションをやったりして、お互いを高めあって、みんなでハッピーになろうというところである。

もちろん、毎年のように、局アナに内定する人間は存在するし、日テレ、フジテレビ、電博にだってガンガン内定していく。

そういった先輩から、直接指導していただいたりすることができるというのは、本当に幸せであった。
(そしてもちろん、自分も現在、できる限り我究館の生徒には協力しているつもりである。)

以上、簡単ではあるが、我究館がだいたいどんなところなのか、わかっていただけただろうか?

とにかく恐ろしいほどすごい人間が集まるところで、杉村太郎氏をはじめ、オーラが充満している空間であった。

自分は我究館の4期生だったのだが、当時の我究館4期生には、アナウンサー志望の男は、3人いた
カオル、S山、そして村上である。

まず、カオルであるが、彼はルックスも性格も頭脳も抜群だが、大阪出身で、関西弁しかしゃべれないという、アナ志望者としては、致命的な欠点を持っていた。
“やったるでえ!”って “おいおい、標準語使えよ!”なんて言いながら、一緒に勉強をしていた。
一見完全無欠だが、ひとつ欠点がある奴というのは、人間味があって親しみが湧くものだ。(笑)
(結局、彼は、関西弁が直らなかったにもかかわらず、キー局のアナに内定することになる・・・・すげえ・・・ちなみに、いまだに関西弁です。)

そして、なんといってもS山との出会い。
彼との出会いはまさに衝撃的であった。
この村上、何をとってもかなうものがひとつもないのである
そう、村上のセールスポイントである努力の総量でさえも、S山の足元にも及ばないのであった。

S山我究館始まって以来の完全無欠のスーパーマンと呼ばれていた。
一目見ただけで、どんな企業であれ、一発で内定するのがわかる。
そのくらいすさまじいオーラを発している奴だった。

彼の経歴はすごい。
富山県内で成績はナンバーワン。
さらに、中学、高校は生徒会長を勤めていた。
その後、一浪し、一日16時間勉強し、早稲田大学政治経済学部に合格。
(おいおい!勉強量で負けたなんて!!!!後にも先にも彼だけです・・ちなみに俺は一日12−14時間・・・)
大学に入学してすぐに、友人数人で、インターネットのプロバイダー事業を手がける、株式会社インターキューを設立。(まじかよ??)
営業統括部長に就任し、年間数億円の契約をまとめ、彼自身の月収は数十万円であった。
(もし、現在まで勤めていたら、ストックオプションで4億円くらいは手に入っていたはず・・・)
さらに、老人向けのボランティアの劇団を指揮し、自ら役者として活動していた。
そして、大手都銀にトップ内定。(内定者400人中)
入社式では、社長の前で、新入社員を代表して、答辞を読むことが確定しており、好きなだけ海外に留学させてやるから帝王学を学んで来い!とまで重役クラスに言わしめた男なのだ。
だが、やっぱり筑紫哲也のようなキャスターになるんだ!といって内定を辞退し、就職留年を決意。
都銀からは、しこたま怒られたらしい。(当たり前か。。。)
それでいて、ルックスも抜群なのだ・・・(泣)
こんな奴、はっきり言って後にも先にも見たことがなかった。(笑)
今でも彼のことは我究館では伝説になっている・・・

では、彼と自分を比較してみよう。
S山 村上
志望職種 アナウンサー アナウンサー
中学・高校時代 生徒会長 闇に隠れて生きてきた。
学生時代の友人 多数 少数
浪人時代 一日16時間勉強 一日12−14時間勉強
大学 早稲田大学政治経済学部 慶応義塾大学経済学部
演劇団体 老人ホームのボランティアサークル 大学のサークル
役者活動 主役を経験 端役を経験
アルバイト ベンチャー企業を設立・営業統括部長
月収数十万円
カラオケボックス
時給1000円
ルックス 抜群
女性経験 豊富
頭の回転 早い
身にまとったオーラ びじびし感じる まるで感じられない
尊敬するアナウンサー 筑紫哲也 逸見政孝
存在感 抜群 え?いたの?(泣)
周囲の期待 抜群 ほとんどなし
俺のコアな部分、努力の量でさえも彼に負けていた。
アイデティンティー・クライシスとはまさにこのことだろう。
同じアナウンサー志望なのに、俺はすべてにおいて彼にかなわなかった。
(結局彼はキー局の最終試験まで行ったのだが、次点で落ちることになる。
そのキー局では、その年の内定者が3人、彼は4番手の評価だった。
だが、キー局に一般職で内定していった・・今はもちろん大活躍している。)
確かに、S山に対しては、何一つかなわないという劣等感はあったが、それ以上に彼から学ぶものが多かったように思う。
キー局内定レベルというのはこのくらい高いレベルなんだ、というのをすぐそばで体感することが出来た。
彼らにもまれたおかげで、今の自分があると思える。

では、どのような努力を我究館でしてきたのか、述べることにしよう。
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