アナウンサー物語(自伝)
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アナウンサー時代の写真



幼稚園
小学校時代

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中学時代
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高校時代
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浪人時代
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大学1年
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大学2年
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大学3年
(前編)

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大学3年
(後編)

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大学4年
(前編)

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大学4年
(後編)

-- | 浪人時代 |

浪人が決定した直後、大学合格という栄光をつかむために、今までの自分はなぜ駄目だったのか、もう一度反省してみた。
足りなかったもの、補うべきものは何なのか。考えてみた。

中学時代は、骨折を言い訳に、入試直前に勉強せずに落ちた。
高校時代は、2浪の先輩からの誘惑を言い訳に、入試直前に勉強せずに落ちた。
ともに、12月までは、トップクラスの成績だった、にもかかわらずである。
原因は何か。精神力の甘さ。いつも言い訳を考えて生きる。勝って兜の緒を締めない、詰めの甘い性格。。
もう失敗は嫌だ。2度とだ。今度こそ絶対に受かる!受かるためなら、どんな苦痛にも耐えよう。そう心に誓った。

今まで(中学、高校時代)も、青春を犠牲にして勉強だけをしていた。自分ではそう思っていた。
だが、ひょっとするとこれも自分勝手な思い込みではないのか?
確かに、週の半分は塾に通っていたし、家でも勉強に費やす時間がほとんどで、勉強を沢山していたことは事実だ。。
しかし、果たして“他のものを捨て、すべてを受験に賭けていた”と胸を張って言えるだろうか。
思えば、テレビは見た。ゲームはした。友達の家に遊びに行った。友達と話した。電話をした。カラオケに行った。
ボーリングもした。女の子とお話しがしたいと思って、合コンにいった。

塾の合間を縫って、勉強の合間を縫って、これだけの人間らしいことをしていたではないか!
確かに世の中の人に比べれば全く遊んでいない部類に入ると思う。それは確かだ。
だが、もともと自分は、何をやっても人よりできない、本当にダメな人間なのだ。
ダメ人間が人より上を目指す。並大抵のことではない。
そのためには、他の人より、何倍もやらなければ追いつけない、追い越せない。
他の人が遊んでいる間も自分は努力し続けなければならない。そのことは自分自身わかっていたんじゃなかったのか?
にもかかわらず、たとえ少しであれ、人並みに遊んで、受験合格という人並みの幸せを得ようとは虫が良すぎるのではないのか?
またしても、まだまだ自己認識が甘い。甘すぎだ!
そこで、この大甘な自分を捨て去るため、人生最大の決断をした。そのくらいしなければならなかった。
生まれ変わる!そう決断したからだ。

まず第一に、
女と一言も口きかない計画を実行した。
1年間、女という女とは口を利かない。思春期の男が一番好きなものを絶つ。
人の3大欲、食欲、性欲、睡眠欲。このうちの一つ、性欲を一年間絶とう。
18歳。この世の18歳には、青春まっさかりという人が大半に違いない。
彼女だってほしいし、デートだってしたい。だれしもそう思うはずだ
だから、あえてこの計画を実行に移した。
これは、一種の願掛けでもある。これだけつらいことをしてまで頑張ったら、きっと合格という形で報われるに違いない。
ナンセンスと思う人は多いかもしれない。だが、自分は天才ではない、凡人なのだ。
このくらいしなければ自分は合格するはずがない。そう考えた。

もし、女の子としゃべったら、惚れるかもしれない。そうしたら、その女の子のことを考えてしまう。
例えば、1日、2時間その女の子のことを考えたとしたら、1ヶ月で、60時間のロスになる。
(もし、英単語1つを1分で覚えられるとして、1×60×60=3600、3600単語も覚えられるではないか!)
いや、時間のロスなどではない、恋愛は素晴らしい、何にも替えがたいものだ。そういう人は多いだろう。
そんなことは百も承知だ。自分もそう思う。
だが、自分に恋をする資格などない。あるはずがない。
なぜなら、自分は人生の負け犬だからだ。すでに高校受験、大学受験と、2度も人生の大勝負に負けているのだ。
こんな負け犬に惚れられた女はきっと不幸だ。相手の女をきっと不幸にする。だから、俺は絶対恋をしない。
相手の女性を幸せにする自信がついたら、一人前の人間になったら恋をしよう。そう心に誓った。

この一年は、まさに出家すべきだと考えた。今までの自分は負け犬だ。そんな自分に別れを告げなければならない。
生まれ変わらなければならない。今の俺は本当に駄目な人間だ。こんな自分に恋などする資格はない。
自分に打ち勝って、それから本当の恋を探そう。そう決めた。

結局一年間、“この席空いてますか?”という言葉以外は、女の子と口を利かなかった。。。。
(実話です!)
(注・・・母親、妹、祖母は除きます。)

そして、さらに実行したのが、
外界シャットアウト計画である。
世の中で何が起ころうと自分には全く関係がない。だから、新聞、テレビを、1年間一切見なかった。
受験に関係ないものは必要ない。なぜなら、自分は人間ではない、人間になるために出家している修行僧だからだ。
人間らしい生活を送る前に、負け犬の自分は人間ではない。
晴れて受験に合格して、負け犬からおさらばして、自分のことを人間であると自分自身で認めることができるようになった時。
そうなった時、初めて外界と交渉を持とう。
そう決断した。

さらに、
1年間、友達を絶対に作らない計画を実行した。
現役のときに、先輩と話しすぎて落ちた、その反省である。
こんどこそ失敗から学ぶ。
友達がいたら、話をしなければならない。これは当たり前だ。
人と話している時間というのは本当にもったいない。
そんな暇があったら、英語の長文を声に出して読んだほうが、有効な時間の使い方だ。
まあ、それもあるが、だいたい浪人生の話など、ほとんどが愚痴だ。無駄な話だ。
そんな話をする暇があるなら、明日へ向かって、ひたすらもくもくと努力するほうがいい
だいたい、話をしていたから受験に落ちたなんて、話をした相手にも失礼だ。
そもそも、今の負け犬の自分には、人間と話す資格さえない。
自分が一人前の人間になってから友達を作る。友達を作るのは大学に合格してから。そう決めた。

考えてみれば、今の自分は人間ではない、人間になるための修行の身なのだ。
そう、例えていうならベム、ベラ、ベロなのだ。
はたして、ベム、ベラ、ベロに友人がいたであろうか?
 “人間の友達はほしいけど、僕は妖怪人間だし。。早く人間になりたい!”そう願う気持ちは妖怪人間も自分も、全く一緒だった。
なんとまあ、妖怪人間と一緒の気持ちを味わった浪人時代であった。
さらに、友達から電話がかかってきたら、親に“いない”と言ってくれとたのんでいた。
そしてついに、電話には一年間でなかった。
電話が鳴ってもでなかった。ちなみに家のチャイムにもでなかった。
そしてとうとう、この一年は親、兄弟以外とは全く口を利かなかったのである。
まさに修行僧としての一年を送った。

“今日より明日。久しぶりに人間をみたような気がする。”これは、北斗の拳のケンシロウのセリフである。
今日、今、目の前にある米を、いま飢えていても食べずに、のちのち実るのを夢見て種播きに使う。
これが人間のあるべき姿だと、そのことをケンシロウから教わった。。。。
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