アナウンサー物語(自伝)
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アナウンサー時代の写真



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大学2年
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大学3年
(前編)

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大学3年
(後編)

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大学4年
(前編)

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大学4年
(後編)

-- | 高校時代 |

高校入学。その前に、高校受験組は、春休みにはずっと教室に缶詰状態にされ、補修を受けるのがならわしだった。
なぜなら、中高一貫教育の学校に高校から入学するということは、スタートが完全に出遅れているということなのだ。
(スタートというのは、もちろん“東大受験にむけての”と言う言葉が省略されていることはいうまでもない。)
せっかく高校に入学したら一息つけると思ったのに。。
なんと中学入試組の連中は、中学3年のときに、高校2年の模試を受けて、全国で上位者に名前が載っている連中ばかりなのだ。
異常だ。
(だが、結局は高校入学者のほうが、基礎ができているため、2年の終わり頃から追いぬくと言う傾向がある。)
とにかくみんな化け物のように、問題が解ける。
休み時間はだれも遊んでいない。校庭で遊んでいるのは中学低学年だけ。
休み時間は、日本史組、世界史組に別れて問題を出し合うのが当然の光景だった。

なぜ、彼らはここまで受験に駆り立てられるのだろうか?
わからない。だが、みんな勉強している。だから、まわりに流される形で勉強する。
勉強していない奴は友達にしないという、そう言う空気が流れていたような気がする。

しかも、体育の時間は奇妙な光景が見られる。
バスケ、サッカーなどで、ボールをパスすると、よけるやつが沢山いる。
なぜなら、ぶつかったら危ないからだ。ボールに触れるだけの運動神経が備わっていない人間が多いのだ。
この空間では、中学時代、体育の成績が3と2しかなかった私でさえ、運動ができる部類にはいった。
しかも、プールは水泳部以外使用禁止。理由は“おぼれると困るから”である。
なお、修学旅行のときも、海では水深30センチ以上のところは遊泳禁止だった。。。
(本当に水深50センチのところで、おぼれて亡くなった生徒がいたため。)

はたして、これが青春だろうか。わからなかった。
しかし、いまを犠牲にして、将来、早稲田、慶応にいけばきっとモテるだろう。 きっと、人生バラ色だ。きっと一流会社にいって、きっと美人の嫁さんをもらえるに違いない!
そういう幻想をもっていて、全く疑わなかった。。

塾には2年から通い出した。
そこで、ある先生の授業を受け、英語の偏差値が、一気に高3、浪人生レベルで70になった。
このころ、受験テクに走る。(和田秀樹シリーズはすべて読破!)
私大文系に絞り、数学は切った。世界史で勝負だ!
もともと人よりできないのだから、科目を絞ったほうが効率良く勉強できるはず!
そう考えた。
ともに偏差値は70を越え、早稲田模試では、政経志望者のなかで2位になった。
もはや、無敵の受験王だ。判定では、早稲田、慶応ともに合格確実だった。

だが、ここでまた悲劇が襲う。
塾で知り合った2浪生たちに、
“おまえは合格確実だからいいよな。ちょっと俺の悩み聞いてくれよ。俺、3浪したらどうしよう。。”
などと言われて、先輩の愚痴に、毎日5時間くらい付き合わされたのだ。
“いいじゃないか。そんなに勉強しなくても。おまえは確実なんだから。メシくらい付き合えよ。”
などといわれて、 “まあいっか。先輩も確実って言ってくれてるし。。”
さらには “大学にいったら何をして遊ぼうか。ちゃらちゃら女のコと遊びたいなあ・・・”
などと、大学に合格した後のことばかり考え、浮かれていた。
大学入試、1ヶ月まえのことである。
(いま考えてみれば、2回も受験で落ちている2浪生の合格確実という言葉を信じた俺っていったい。。。。。。。)

そして、入試。
早稲田政経、法、商、慶応経済、法、商
どれも確実だといわれていた。模試ではトップクラスだった。合格可能性80%のところを6つ受験している。
すべてに落ちつづけるということは、
(5分の1)×(5分の1)×(5分の1)×(5分の1)×(5分の1)×(5分の1)の確率である。
計算すると、なんと15625分の1!全部落ちるというのは、1万5000回やって、一度の確率なのだ。

だが、すべて落ちた。。。。受験は確率ではなかった。 涙が止まらなかった。
塾から進路調査の電話が入る。“村上さんは
何校受かりましたか?
じゃかましいわい。”ゼロだっつーの!”

かなり落ち込んだ。何のために進学校にまでいったのか。何のために6年間も青春を犠牲にしたのか
布団にうずくまりながら、自問自答を繰り返した。

よく考えてみれば、落ちた原因は、はっきりしていた。
みんなが追いこみをしているとき、自分は勉強していなかった。だから落ちた
自身過剰になりすぎていた。だから落ちた。
模試はあくまで模試なのだ。模試を受けてから、本番までが大切なのだ。それに気づかなかったから落ちた。
人のことを心配している余裕などなかったのに、余裕があると勘違いしていた。だから落ちた。

またしても、精神力の甘さだ。2浪の先輩のせいではなく、自分のせいだ。
高校受験のときと同じではないか。受験前は気を抜かないと、あれほど決めたではないか。
過去の失敗から何も学んでいない。それが駄目なんだ。

そうだ。俺は駄目な奴なんだ。何のとりえもないんだ。だから勉強を始めたんじゃないか。
これは確かに人生のなかで、大きな挫折だ。だが、“乗り越えてみせろ!”そういう神様のお告げだ。
浪人生活、絶対気を抜かないで頑張ろう!

村上、初めて
本気で決意し、浪人生活に突入する。。。
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